| 枡野:眞鍋さんのブログはこれまで笑えるネタが中心だったのに、突然「眞鍋が眞鍋ブログを考えた」という記事を書かれてましたよね。あれにはびっくりしたんですけど、何があったんですか?
眞鍋:あのときは気持ちが全部マイナスになっていて、ほんとに書いたとおりのことを思ってたんですよ。なんでこんなブログをみんな読んでくれてトラックバックもこんなにくれるんだろう、そんなことよりもっと大事なことが書いてある、もっとためになるブログが一番人気になればいいのにって(笑)。それをやり過ごすこともできたんですけど、あのときは書かずにいられなかったんですね。「それはみんなわかってることだから書かなくてもよかったんじゃないの?」って意見もありましたけど、私の本音を知ってもらえただけでもよかったかなと。私のブログがいいってみんな言ってくれてるけど、これが全てじゃいけないんだよ、ってことを伝えられたから。
枡野:昔だったら、特にタレントさんは本音の部分を正直に書かないことで何かを守っていたのかもしれないと思うんですね。でも今はむしろ、正直に書くことでそれが通じる瞬間があるんじゃないかなと。受け手側も成熟してきたし、もちろん意地悪なことを言う人は依然としているけれども、正直なことを言ったってみんなそんなにがっかりしないし、そこに好感を持つ人がいるんだってことを感じますよね。眞鍋さんみたいな立場の人があんなことを書いたらイメージダウンになると思う人もいるかもしれないけど、現実には全然そんなことはなくって、テレビに出てるときの眞鍋さんはあれでいいし、私たちがテレビを見ながらああいうことを書く人だってことを知ってるのもいいと思う。ラジオでミュージシャンがいつもと違う顔で喋るみたいな、違う角度からの魅力が出てくる感じですよね。
眞鍋:ブログはなんでも表現していいし、好きなことをしていい場だと思うんですけど、社会問題に言及したり自分なりの意見を書く場合、その対象になった人たちを傷つけることになってしまうんじゃないかって考えてしまうんです。それがたとえ1人2人だったとしても、嫌な思いをさせてしまうんじゃないかって思うと、二の足を踏んでしまって書けないんですよ。
枡野:テレビの視聴率みたいなものかもしれませんね。深夜のちっちゃい番組ならよかったことが、ゴールデンだとダメだと言われるような。眞鍋さんのブログはそれこそみんなが見てるから、ちょっとしたことが波紋を呼んじゃうんですね。
眞鍋:ニュースについて思ってることを本心で書きたいとは思うんですけど、私が書くことによって、その出来事に直接関わってる人たちに何かしら影響が出てしまうかもしれないと考えると、それは本来私の役目じゃないと思うから書かない。だからブログって自分の役割とか、自分ができること、できないことを意識したうえでやらなきゃいけない、すごく難しい媒体だと思うんですね。
枡野:それは眞鍋さんがご自身の器みたいなものをとても自覚的に考えてらっしゃるんですよ。僕はネットで一番嫌いな言い方というのがあって、「自分にはこんなことを言う資格はないけど」って前置きしておきながら「こんなこと」を延々言う人、いるでしょう? 言う資格がないんなら言わないでほしい(笑)。自分の顔だから言える、自分の顔だったらここまでしか言えないとかってあるじゃないですか。そういうのって大事だと思うんですよ。顔ってのはルックスに限らず、その人のやってきたこととか立場とか、いろんなことを踏まえてのことですけど、そういうのを棚上げして勝手なことを言ってるのが多い。眞鍋さんはそういう点でさすがだと思うんですね。
眞鍋:私たちなんかは顔を前面に出してやってるところもあるから、なおさら気を使わないといけないんだと思いますよね。
枡野:だから「あの人もココログはじめてます」に入ってる私たちの特徴的なところは、ブログでありながら顔を出しているところだと思うんですね。ちょっと変わったポジション。ほんとは匿名でもいいわけじゃないですか。でもあえて名前や顔を出している。眞鍋さんのブログは、「そこで何ができるか」のひとつの成功例だったと思いますよ。普段見せない写真を載せてもいいんだとか、身近な人たちのことを書いてもこんなに面白いんだとか、ここまであからさまでいいんだとか。
眞鍋:私も、いわゆる有名人ブログを見たりするんですけど、結局は「その人」なんですよね。「ああ、タレントやアイドルだけど、その前に1人の女の子なんだ」みたいな感じ。隠してる部分もそりゃあると思いますけど。
枡野:そうですね、隠し事をしてることも含めてその人だから、人柄が出ちゃいますよね。
眞鍋:だから私は、頑張ってもかわいいブログはできない(笑)。結局は自分のものにしかならないですよね。 |